セントルイスの甘ーいバターケーキ

セントルイスと言えば有名な、あの gooey butter cake.
甘過ぎるのはわかっているけれど、行かずにいられない私.グーグルしてお店を訪ねてきました.店の名前は「Gooey Louie」 St. Louis をもじったのでしょうか?

かわいいロゴでしょ?

これといってステキな店構えでもなく、試食品があるわけでもなく、ただ、箱がずらっと並べてあるだけでした.チョコレートチップ入り、クルミ入りのもの、チョコレート、ラズベリーが入ったものなど、いろいろな種類がいくつかありましたよ.

材料は、バター、砂糖、ミルク、が主だそうです.とっても甘いし、カロリーは高い、とお店番をしていた女性も言っていました.

と、このように並んでいるのですよ.

箱に入ったまま冷凍してもいい、と言われましたが、すると解凍した時にマルッと食べなくてはなりませんものね、それはムリ.
「一口大に切って冷凍してもいいかしら?」と聞くと、
「もちろん.でも、2重にラップしてね」と言われました.

外から見ると、こんなお店です.見落としてしまいそうでしょ.

お店版をしていたのは、実際にケーキを作っている息子さん夫婦のお手伝いをしていた高齢の女性でした.とっても親切でいろいろと話してくれました.

まだ、食べていないので、どれくらい甘いかまだわかりませんが、明日にでも食べてまた、ポストしますね.

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体の幅は広く、コートは厚く、神経は鈍く。。。

肥満が問題のアメリカ、人々の体の幅は増加傾向にあります。さらに、冬ですから、着ぶくれ、そして分厚いコートに身を包みますね。狭いレストランの中を行き来するのにも大変です。

狭い通路を歩くと、食事をしている人のテーブルの上にあるグラスにコートのすそを引っ掛けてこぼしたり、座るためにいすを後ろに引くと、どーんと後ろ側に座っている人のいすにぶつかたり、立ち上がるときにはテーブルに体をぶつけて食器ががたがたしたり、ともう大変です。

それどころか、コートの脱ぎ着に自分がどれくらいのスペースをとっているかわからない人が多くて困ります。

後ろに伸ばした腕が通ろうとしたウェイターにぶつかりますし、後ろにひるがえしたコートはまた、後ろのテーブルの食事の上を通過したり(ほこりが飛びます)実際に触ってしまうこともありますよね。マフラーをぶわっと後ろに回そうとする人を見ると「ぶつかりますよ~」と教えてあげたくなります。

気が回らない、というのか、まわりに目が届かないというか、あらら、と思うまもなく、今度は髪の毛をゆわいたゴムをはずして、首を回して髪の毛をモデルさんのように後ろにたなびかせるではありませんか。ここはご飯を食べるところ。もう少し、静かにできないものですかねぇ。

体の幅を細くするか、もう少し回りに気を使うか、せめてどちらかだけでもお願いします。

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ホームレス、それとも

街角のあちらこちらでホームレスの人たちを見かけます。

シカゴのバスの中にホームレスの女性がいました。スーパーのショッピングバッグを8袋くらいに黒いゴミ袋を2袋持っていました。
寒い日だったのでバスの中で暖をとっているのかしら、と思いきや、きちんと目的地があったらしく、Fullertonで降りていったのですが、もちろん一度に持っていた袋を下ろすことは無理なので、何度も出口を行ったりきたりしていたら、乗っていた高校生が「荷物を降ろすの手伝おうか?」と一言。ちょっと心温まる光景でした。

これはフォートローダーデールの友人から聞いた話。交差点で物乞いをしている男性に車の窓を開けて持っているボールに小銭を上げます。前の車がお金を上げると、なんとなく、自分もと思うのか、意外と連鎖的にお金をあげるようなのですが、たまたまその男性の顔を覚えていた人がいました。朝のラッシュが終わった時間に、ガソリンスタンドでガソリンを入れていたら、なんと、物乞いの男性がベンツに乗ってスタンドにやってきたとか。。 彼の自家用車かどうかはわかりませんけれどね。2度とお金を渡したくない、と思ったそうです。

最後に、これはミシガン。マクドナルドの前に立っていたホームレスらしき人に、自分の食事と同じものを購入し、ホームレスの人に渡したら一言、
「僕はファーストフードは食べない。マクドナルドではなくて現金がほしい」
健康に気をつけないと保険がないと病院にも行けませんからね。なかなか正しい生き方をしているホームレスの方かもしれません。

それぞれがどういうホームレスなのかはまったく私たちにはわかりません。本当に困っている人もいれば、語っている人もいるのでしょう。しかし、後者のおかげで、前者が受けられるサポートも受けられなくなっている。こんなケースは山ほどありますね。。。

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本屋さんがどんどん消えていく

e-bookなるものの攻撃が日本にも押し寄せてきているようです.

何を隠そう、私もアマゾンのキンドル利用者ではありますが、でも、紙のページをめくるあの手触りに勝るものはない、と思っている一人でもあります.

何でもオンラインというのは、手軽で割安でひどく便利です.でも、そのせいで、ウィルミントンに限らず、全米から本屋さんの姿が消えています.

10年くらい前には、個人で経営する小さい本屋さんがぽつぽつありました.でも、中古の本を取り扱うとても小さい本屋さんをのぞいてもう、そういう本屋さんは姿を消しました.

去年の夏には、大手のBorder’s という本屋さんが倒産し、店内のCD、書物、雑誌などのセールがありました.本屋さんの中に”30% off”, “Final Sale” なんて赤と黄色のけばけばしいはり紙を見るのは何とも物悲しいものでした.

ウィルミントンには、このBorder’s が2軒とBarns and Noble が2軒と4軒の本屋さんがありましたから、Border’s が店を閉じたので、半分の2軒になってしまいました.

それに、Barns and Noble だって、けっして経営が楽なわけではありません.オンライン大手アマゾンに押されて、おそらく青色吐息.先日、Barns and Noble に足を運んだら、本の絶対数はかなり減っていました.そのかわりに、人の目を引く華やかな色のレゴ、ゲーム類、おもちゃが並んでいたんです.

あとはe-book のNook.. 立ち読みする楽しみはどんどん減っていきます.

キンドルでは始めのチャプターをフリーで読ませてくれます.本の内容を読者にチラッと見せてくれるためでしょう.

でも、本を手に取り、重さを感じ、挿絵をパラパラと眺め、ふっと開いたページの文章に目を走らせることはできません.

「便利」「便利」という言葉に流されている私たち.「便利」=「よいこと」という等式はつねに成り立つというのはもしかしたら錯覚のでは、と思う今日この頃です.

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「いじめについて考える週」を持つ学校

「今週1週間はいじめについて考える週なの」高校生の友人(?)と言っていました.

「いじめについて考えるって、何をするの?」と私

「いじめがどんなに人を傷つけているかとか、いじめられている人がいたら、見ていないで止めに入らなくてはいけない」とか、いろいろクラスメートと話し合うらしい.」

「誰かがいじめられているのを見たことがある?
「もちろん」
「それで、あなたは止めに入ったの?」
「入ったけれど、いじめている生徒はまったくいじめている気持ちはなかったっていうのよね〜」

続けていうに、

「いじめがいけないことくらい、いまさら学校から言われなくてもわかっているし、見たら止めなくてはいけないこともわかるんだけど、友だち同士でふざけているようにも見えるし、いじめかどうかわからないことも多いのよ.それと、その日の気分にもよると思うんだ.」

あまりひどいいじめはなさそうな学校なのかしら、と思ってきいていると、彼女は

「イヤないじめがあったときにね、いじめている側がいじめているつもりがない、という言葉はこわいよ.相手の気持ちがわからないってことでしょ.そう人に「わかりなさい」と言ったってすぐにわかるようになれるわけないじゃない」

なるほど.彼女はいじめられたことがあるのかなぁ?とつい思ってしまいました.とてもかわいらしい、金髪でグリーンの目をした彼女.’ちょっと太めではありますが、愛らしいんですよ.

「どうしたらいいと思う?」という私の問いに、

「わからないわよ.たださ、高校って、人気グループが必ずあるのよ.運動ができる男子とか、モデルみたいな女子を中心にね.その人たちはちやほやされるから、そこに入れない人の気持ちはなかなかわからないかもねぇ.別にみんなと仲良くする必要もないし、話したい人と話していればいいんじゃないの」

ということでした.

そういえば、子供たちが小さい時の誕生会の掟(?)にこんなものがありましたっけ.

「誕生会を開く時にはクラスメート全員に声をかけるように.仲間はずれを作らないように」

もう、ちびまる子ちゃんのように大好きなお友だちだけを呼んでのお誕生会なんていうのは姿を消してしまったのでしょうか?

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アマゾンで本を売ったけど、送料の高さに驚き!

いらない本がたくさんあったので、アマゾンで売ることにしました.

適当に値段を付けてリストするとすぐに数冊売れたんです.

「お、これは嬉しい!」と包装し次の日に郵便局に行きました.ところがですよ.喜んだのもつかの間.送料の高さにビックリ.

いや、前もってきちんと調べていかなかった私も悪いのですが..

アマゾンを売る時に価格の設定とともに送料も選べます.regular shipping, express shipping などがありますが、買う方だって送料にあまりお金はかけたくないであろうと、regular shippingを選んだんです.自動的に、送料は3ドル99セントに設定されます.

本の価格+送料、そのトータルからアマゾンが取り分(6%〜25%)を差し引き、残りの額がクレジットカードに戻ったり、私たちの手元に帰ってくるのですが、この送料がくせ者.

何といってもアメリカは大国です.デラウェア州からウェストコーストにちょっと重い本を送ったら、送料だってバカになりません.3ドル99セントじゃとてもカバーできません.

たとえば10ドルで本を売ったとしますよね.買った人が支払う価格は本代に送料を足して13ドル99セントアマゾンに支払います.アマゾンはそこから3ドルくらいを手数料としてとるので、買う側はほとんど本代しかいただけません.でも、送料はこれからですからね.払うのは.

だから、本代をあまりに安く設定してしまうと、送料によっては、マイナスになる可能性も高いのですよ.

それでは、なぜ、すごく安く中古の本を売っている人がいるのでしょうか? おそらく彼らはプロで、個人とはまったく異なる契約をアマゾンをしていると思われます.

そして、最後になりましたが、郵便局を利用するのが一番安いです.そして本を郵便局で送る時には、ぜひ「Media Mailで」と言いましょう.これは、私信ではなく、本、CDなどだけを送る時に使える方法で、送料がかなりお安くなります.特別な包装も、封筒も何もいりません.ごくごく普通の茶色い封筒に入れて送れますから簡単です.

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Appleのコントロールが嫌でiPhoneをやめました

長年使っていたiPhoneが古くなったので、さて、次は何の電話にしようかと悩んだあげく、iPhoneから離れることに決めました.

Samsung Galaxy SIIを選びました.というよりも、息子がこの機種を1ヶ月前に買ったのですが、彼の会社が携帯のキャリアーを変えるということで、この電話が使えなくなったのもひとつの要素だったんです.

Steve Jobsの本を読んで以来、私の心の中にはAppleから離れていこうという気持ちが日に日に強くなってきました.

彼は、天才であるけれど、皆をコントロールしたいという気持ちが以上に強かった人のようです.その彼の変質的な要望がAppleの製品には出ているんですよね.

「とにかくシンプルに」
「利用者が簡単に使えるように」
「ソフトウェア、ハード、そしてアップをAppleがコントロールして、他の人に中身をさわらせない」

この3つがAppleの製品を他の製品とかけ離れたものにした理由だと思います.

シンプルなのは私も好きです、しかし、「利用者が簡単に使えるように」というのは、最初は良いですが、結局ひどく面白みのない商品となる可能性も強いのでは? 与えられたものを喜ぶ消費者を彼らは作り上げているのではないか? 

これはひょっとして、私たちの考える能力を減退させていくのではないかしら?

さらに、Appleはパソコン、電話をコントロールするということで、その中にアップとして載せるものすらもコントロール力を持っているという事実がすごく私はこわいです.

iPadで新聞が読めるということは便利ですよね.しかし、購読者の個人情報を持っているのはAppleなんです.新聞会社ではありません.ということは、Appleが新聞の記事の内容をコントロールすることだって可能なわけです.メディアでここまで大きい力を一つの会社が持つのは、いやぁ、どうなのでしょう?

ま、とりあえず、いろいろ考えたあげく、電話はAppleから離れました.おそらく、近い将来にパソコンもマックをやめようと思います.使いやすいけれど、でも、つまらない部分がたくさんあります.(なんて、パソコンのパの字もあまりわかっていない私が偉そうにいうのも気が引けますが) 

iPhone、iPad、iPod、iTune、マックのパソコン、とこのAppleに取り込まれた環境が息苦しくなっています.

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子供、女性が行方不明になるニュースの原因は家庭?

ケーシーアンソニー、ベイビーエイラ、と言う女性たちの名前に聞き覚えはありますよね.どうして、朝のニュースでこれほど、同じようなニュースがくり返しくり返し取り上げられ、そして消えていきます.

子供が行方不明になった親の心の痛みは計り知れないものがあるだろうけれど、どうも視点がそこからずれて、歪んだニュース制を感じてしまうのですよ.視聴者が興味を持っているからいつまでも話題として取り上げられているのでしょうね.取り上げられている子供たち以外にだってたくさんいなくなっている子供たちがいると思うのですが、なぜか、同じ子供たちの名前がくり返し、くり返し聞こえてきます.

あちらこちらでいろいろな子供たちが行方不明になっています.誘拐などで子供のみの安全が確認できない時には、Amber Alertが流されます.おそらくハイウェイでサインを何度も見ていると思います.名前、年齢、髪の毛の色、目の色、衣服の様子が記され、いつ、どこでいなくなったかなどが明記され、警察に電話するように、というメッセージが流れます.

子供の事件でほとんどといってよいほど関わっているのが親たちのようです.

離婚、別居、家庭内暴力と問題を抱える家庭での子供の位置を考えさせられます.結婚は続けたくないけれど、子供はかわいい、と思う親の気持ち、離婚時における養育権の取り合い、親の麻薬、アルコール依存症など原因はいろいろとあります.そこで、犠牲になっているのは子供たちなのですよね.

離婚した相手との間にできた子供を相手の了解なしに連れ出したらそれで誘拐と見なされることだってあります.だれでも罪に問われたくないですから.「こう言った」「ああ言った」という議論が始まるのが日常茶飯事.

子供ほど親の宝物はありません.ただ、宝物は授かり物であり、自分の既得権でも持ち物でもないはず.自分の権利を振りかざす人たちの目には子供たちの権利は入っていないのかもしれません.

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電車のいすとアメリカ人のお尻

今朝のニューヨークタイムスでおもしろい記事を見つけました.

ニューヨーク近郊を走る電車などの座席サイズの拡大についての話題です.

http://www.nytimes.com/2012/01/16/nyregion/transit-agencies-in-new-york-area-consider-wider-seats.html?pagewanted=1&_r=1

肥満が増えるアメリカでは、トイレの便座からソファなどいろいろなサイズが大きくなっています.そういえば、これはオハイオ州の町は忘れましたが、入ったレストランで感じたこと.便座がひどく大きくて「あれ?」と思ったんです.そう思いつつレストランの中に戻ると食べていらっしゃる方達は確かに大きい... そうか、しかし、便座はおそらくサイズだけではなく強度も補強されていたと思います.そうでないと、こわれてしまう可能性がありますものね.

1984年に川崎重工(だと思います)によって作られた座席の幅が17インチで一応、お尻の大きさが13インチから23インチの人が心地よくすわれるサイズだそうです.17インチと言うと、2.54センチで計算すると43センチちょっと.23インチは58.4センチくらいですね.なるほど.日本人なら十分なサイズだと思いますが...

あたらし車両に変えていくには、というより近い将来に変えなくてはならなくなるのでしょうが、人々のサイズはもちろん、重量に耐えられること、さらには、電車の中で仕事をする人たちへの考慮など、いろいろな条件を満たす車両を作ることが求められます.「求めよ、さらば与えられん」で良いのだろうか、少し我慢するとか、体型をスリムにするとか(これは本人の健康にもかかわりますものね)考える姿勢を見せる人たちを奨励するようなプログラムが見えていないのが気になりました.

日本でも着膨れラッシュがありますが、アメリカの座席も着膨れ窮屈が起きますからね.それでなくても寒いですから、皆さん分厚いコート着てますし.

電車に限らず乗用車の車体もやけに大きいのが走っています.我家のまわりのバックロードは道路のはばがせまいので、自分のレーンにはまりきらない大型車がたくさん走っています.さて、この人たちは道路を広げることを要求するのでしょうか.

しかし、新しい車両にするにも、道路の幅を広げるにしてもお金はかかります.市の予算が少ないところも多いだろうし、税金を上げることには皆反対だし、さて、どういう進展をくりひろげるのやら...

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白鵬、把瑠都、実は、日本人より日本人ぽい?

久しぶりの日本人大関誕生、ということで、話題になっている稀勢の里もたいしたものですが、私はそれ以上に、白鵬、榛名富士、把瑠都たちに拍手を送りたい気持ちでいっぱいです.というのは、私たちと負けず劣らずのていねいな日本語を話し、つらいけいこをこなし、良きにせよ悪しきにせよ日本の伝統がつまっている相撲界の中でここまで上りつめてきているのですもの.

横綱に日本人がいなくて寂しい、という意見もわかるのですが、私は、日本のことを理解し、国技であると言われる相撲の道を進んでいく外国人がいることがとても嬉しいんですよね.

白鵬のインタビューを聞いていると、すごいなぁ、と感嘆詞を漏らさずにいられません.きちんとした敬語を話すだけではなく、日本語の言い回しもきれいですし、さらには、気持ちをきちんとインタビューの中で伝えていますからね.これだけできる人、日本人の中でもそう多くはいないのではないでしょうか?

日本に来て風習、伝統を受け止め、それとともに生きていいく彼らをぜひ、いっしょに応援しませんか?

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